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2024-07-31 主張しない人間の主張を聞くのは簡単ではないと思う

主張の強い人と主張の弱い人が居る。主張の強い人がたくさん居る組織に主張の弱い人が居ると、主張が弱いことは懸念事項になる。

理想を言えば、主張の弱い人の意見を引き出すべきだろうけど、ぼくは「主張しない人間の主張を聞く」というのは言うほど簡単なことではないと思うし、感じる。

ミーティングで「〜さんはどう思いますか?」と話を振るくらいで主張してくれるならまだいい。「どうせ言っても意味がない、自分の意見は尊重されない」だのなんだのと既にひしゃげてしまっている人間の主張をどう引き出せばいいんだ。ぼくには分からない。言える場をつくる、そうだ。理想はその通りだ。

でも言える場があっても主張しない人間がどれだけ居ると思っているんだ。なんだかんだ理由をつけて主張しない。程度に差はあるが、主張しない人間はマジでしない。信じられないくらいに。「お前、他人事のつもりか?」とキレそうになるほど主張しない。主張して意見がぶつかるのを避ける人は多い。経験則だと 7, 8 割の人間はそうだ。むしろ意見がぶつかることをスマートなやりかたじゃないくらいの雰囲気で見ている奴まで居る。

どうすれば主張する? 順番にひとりずつ話すか? 実際ぼくはそういう会を設けている。決まった時間内でそれぞれが主張する。最後にまとめる。ただ意見の集約タイミングで結局他の意見と何かしらの衝突は避けられない。

……というか、それは一体何なんだ。何のためにやるんだ? ご機嫌取りなのか? 何のための誰のための活動なんだ? 殿様かなにかなのか? そこに時間を割く暇があるなら、考えるべきことやるべきことがあるんじゃないのか?

暴論と言われるかもしれないが、「価値がある」と信ずる意見があるなら主張すべきで、主張できない・それが機能する状況に持っていけないなら、その意見に価値はない。意見として主張していないのであれば、そも意見でさえない。考えているだけで伝わるわけがない。考えていることを拾ってくれると期待して待っているだけの人を助けられるほどの余裕はない。たとえ意見を主張したとしても口先だけでは価値がないくらいなのに、なぜ意見の主張さえないしないのに価値があると思うのか。主張できないそれに価値などない。

もちろん理想ではない。聞くことは大切だ。

ただ、「察してほしい、聞いてほしい」なんて受け身の人間が、それぞれが意見を持って主張しそれが通るように行動している人間が大半の組織の中で機能するのが難しいのは明らかだ。それを懸念事項としないほうがおかしい。

ぼくは主張が強い。そして気が効かない。その人間に「気を効かせて、あいつの主張を聞いてやれ」と主張する暇があるなら、お前がそいつの主張を代弁してやればいい。主張が通るように手伝ってやればいい。ぼくは意図して聞かないわけじゃない。むしろぼく個人としては課題として認識し改善しようとしている。配慮はするがおそらく無理だ。自分で動け。エスパーじゃねえんだ。「気をつかえ」よりもうすこし具体的な行動や仕組みとしてどうすればいいかを示せないなら、それを考えろ。ぼくにそれを主張することは解決策にはならない。それがぼくの回答だ。


今日のコミット。